ベール


肩の力を抜いたら
今までのことがなんであったのか
思いだせないくらい楽になったよ。
ふわっとして、くすぐったい感じ。


どうしてそんなことにこだわって、
ただひたすら意気込んでいたのか。
今となっては、
おかしいやら、
歯がゆいやら、
つまり、なぞ。


肩にも体にも、麻痺が来るほど、
パンパンに力を入れて、
全身が硬直し、いくつかの感覚を
知らず知らずのうちに抹消してた。



かたくなに意固地になって、
五感は壊死した指先みたいになって、
覚めることなく脳の中、体の奥の
吹きだまりのような場所で眠ってた。



でも、今日。
空から乳白色のベールが落ちてきた。
ベールは私の肩にそわっとかぶさった。
もういいよ、とドコかで声がした。
もっと楽にならなければね、と声がした。



声の方に振り向くと、
そこにはいつか川原で見た
時の番人が部屋の隅に立っていて、
じっと私を見てた。


あなたががんばっても
事態は変らない。
体も脳も麻痺するほど
ガムシャラに挑んでも、
つっかえ棒のような
暴言を吐いたとしても、
衝突を起こし、混乱を招き、
あらぬ誤解を生みだして、
より複雑に、
より捩れを強くして、
本当の意味は問えなくなるんだよ。




時の番人は見据えていた。
じっと私を見据えていた。
だから私も目を離さず、
番人に聞いたんだ。


もう、いいですか?




もう、いいよ。



最後の言葉を残して番人は、
西の窓から出て行った。
ふわっと、すーっと、
あの川原に飛んでいった。



ベールも消えて、
私の体は軽くなり、
指先に温かさが戻る。
その指先で、頬をこすり、
手のひらで、顔を包み込んだ。



嗚呼 まだ大丈夫。
ここでまたゆっくり歩いていこう。
呼吸を調え、自分の鼓動に合わせ、
周りの景色を見ながら、
明日にむかい、
希望を持って生きていこう。